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岡山地方裁判所 平成6年(行ウ)12号 判決 1997年1月28日

原告

三宅厚志(X)

右訴訟代理人弁護士

水谷賢

被告

(芳井町長) 佐藤孝治(Y)

右訴訟代理人弁護士

片山邦宏

理由

三 違法性

1  経緯

〔証拠略〕によれば、次の事実を認めることができる。

本件整備工事の計画は平成二年芳井町において立案され、平成三年町議会において工事費一億七三六〇万円の支出についての予算議決がされ、用地買取遅延により平成四年度に予算執行が繰り越され、工事発注のための工事価格は起工設計書により合計一億六四八七万一〇〇〇円と見積もられ(なお、起工設計書の工事費内訳表の工種「共通仮設費計」欄の合計数値は正確には一二九四万三〇〇〇円であるべきところ、計算ミスにより一一〇万円少ない一一八四万三〇〇〇円と誤って記載されており、そのため右見積額は正確ではなかった)、入札において小田組より一億六二〇〇万円で落札され、同年六月二〇日芳井町議会の議決の下において、同月二二日発注者芳井町と請負人小田組との間に請負工事契約が、請負代金一億六六八六万円(落札価格に消費税を加算したもの)、工期同日から平成五年二月二八日までとして締結された。

本件整備工事着工後、芳井町は、現場の土質の予想外の軟弱性の判明や地権者及び地元からの新たな要望等により、土工事、舗装工事、多目的広場工事、道路工事、附帯工事等の部分的変更をすることとなり、右変更が当初の起工設計書では賄いきれない程度に及んだことから、芳井町と小田組との間の話し合いにより、このような場合の従来からの慣例に従い、現場での口頭発注により個々の部分的変更工事の施工を先行し、後日一段落した時点でまとめて清算することとして、平成四年九月から一〇月頃にかけて土工事の変更工事を、同年一〇月頃に舗装工事の変更工事を、同年七月中旬及び一〇月末頃に多目的広場工事の変更工事を、同年一一月下旬及び平成五年一月中旬頃に道路工事の変更工事を、平成四年一二月頃に附帯工事の変更工事をそれぞれ施工した。

平成五年一月下旬頃、設計変更が出そろった段階において、芳井町は設計変更に伴う工事価格を算出したところ、一億七一〇五万八〇〇〇円となり、その旨の変更設計書を作成し(その際、起工設計書の計算ミスは解消された)、それに従って変更工事請負価格も一億七三一二万一三七〇円に変更となり、当初の請負金額よりも六二六万一三七〇円増加することとなった。

平成五年二月三日、芳井町は、同町議会臨時会に「工事請負契約締結の変更について」と題する議案を提出し、小田組との間の本件整備工事について前記のような変更が生じたとして、従前議決済みの請負契約を変更する旨の契約締結の議決を求めたところ、町議会議員らから、設計変更の内容、必要性等に対する質問のほか、議案提出が遅すぎるなどの批判を受け、工事終了段階に事後的承認を求めるような形となった経緯等について説明を求めるなどされたが、最終的には、右議案は、町長である被告が工事変更議案の提出が遅くなった不手際を詫びるなどした結果、原案のとおり可決された。これを受けて、同月一五日、芳井町は小田組との間において請負金額を六二六万一三七〇円増額し変更工事請負代金額を一億七三一二万一三七〇円とする趣旨の工事請負変更契約を締結し、同月末頃本件整備工事は設計変更後の図面にしたがって完成した。

他方、この間、本件整備工事の進行中である平成四年八月一日午後、工事現場周辺には夕立による集中的な大雨が降った(岡山県後月郡芳井町佐屋所在の岡山地方気象台佐屋地域雨量観測所の観測結果では、同日午後三時から五時にかけて降水量合計一四ミリメートル)。同月四日、「水仙」の経営者である三宅から芳井町振興室長に対し「工事現場からの泥流が「水仙」の井戸に流入して井戸水が使用不能になっている」旨の電話連絡が入ったことから、振興室長は直ちに工事現場に赴き、現場から盛土が流出して谷筋を下って「水仙」のすぐ上流の宇戸川に達している状況を確認した(なお、「水仙」は工事現場から高低差約二一五メートル、距離約四五〇メートル、山腹勾配約二五度の下方の宇戸川河畔の崖淵に建てられ、地下九〇メートルまでボーリングして井戸を掘り、ポンプで水を汲み上げ、濾過器で濾過して料亭営業用の飲料水として使用していた)。同月六日、芳井町の収入役及び振興室長は「水仙」に赴き、井戸の濾過器が赤土で目詰まりし、汚濁した水が僅かに出ているのみで、井戸の水量も減少しているのを確認した。三宅は、井戸が枯渇して料亭の経営ができなくなったとして、振興室長らに対して「井戸の目詰まりは工事現場から流出した盛土が原因であるから、町の方で責任をもって代わりの水源を確保してほしい」旨申し入れた。同月八日、工事現場付近に台風の影響による大雨が降った(前記観測所の観測結果では、降水量合計九二ミリメートル)。同月一〇日、三宅が株式会社中電工井原営業所(以下「中電工」という。)に井戸の水が出ない原因の調査を依頼したところ、右会社は現地調査をし、その原因が井戸のポンプの故障ではなく、井戸の水量不足である旨指摘した。

その後、「水仙」は営業を休止し、芳井町は、三宅から再三「水仙」の水源確保の要請を受けるようになり、芳井町側としても、前記盛土の流出状況、現場の位置関係、井戸の汚染枯渇の現認状況等から、工事現場からの流出土砂による目詰まりが「水仙」の井戸の汚染枯渇の原因であろうと判断し、平成四年九月頃から一二月末まで水源の確保に協力すべく奔走したが、結局、代替の水源確保ができないでいた。平成五年一月、三宅から相談を受けていた中電工職員から「水仙」の水確保のために宇戸川の水の浄化装置を設置してはどうかとの提案がなされたことから、芳井町が中電工に右浄化装置を設置する場合の設計見積の依頼をしていたところ、同年二月一二日右会社から見積額を一二五〇万円とする見積書が提出された。また、同年三月には三宅から水源確保の代わりに水を運ぶためのバキュームカー(費用見積合計一二〇〇万円)を購入したい旨の提案もあった。

「水仙」の井戸の枯渇については、平成五年三月一七日芳井町町議会の全員協議会において、中電工から提出された見積書等により補償問題として協議されたが、反対意見が多く、まとまるには至らなかった。

この間、三宅は芳井町議会議員森元勇に相談し、同人を通じて芳井町に対処方を要請し、芳井町側も、従前の経緯から本件整備工事が「水仙」の井戸の枯渇の原因であろうと推定していたこともあって、紛争の早期解決や「水仙」の営業再開等も念頭に、早急な金銭的解決を図ることが妥当と考え、平成五年四月二〇日、芳井町役場に三宅及び森元勇議員らを招き、助役から三宅に対し、町議会の議決を得られることを条件に五〇〇万円の補償金の支払を提案したところ、三宅は、七〇〇万円以下には減額できないなどとしてこれに応じなかった。

この交渉結果を踏まえて、芳井町長である被告は、平成五年五月一七日、芳井町議会全員協議会に、「水仙」に対して補償金七〇〇万円を支払いたい旨の提案をしたが、このときも、反対意見が強く、結論には至らず、再検討をすることとなった。

平成五年五月二八日、芳井町は、三宅から、かつて「水仙」の井戸を掘削した山陽ボーリング工業こと田口典雄が作成した「井戸の枯渇の原因は、周りの地理的な変化もしくは地震、大雨等による土砂の混入(粘土を含む)による亀裂の目詰まりをおこしたことによるものと思われる」との趣旨の書面の提出を受けた。

その後、町長である被告自身が請負業者であった小田組とも掛け合い、三宅とも折衝し、三者間で、三宅に対し、小田組から五〇〇万円、芳井町から議会の議決を条件に二〇〇万円、合計七〇〇万円を支払うことで決着をつけようとの話となった。

これにより、被告は、平成五年六月一六日の芳井町議会に三宅に対する泥水流出による給水施設見舞金として二〇〇万円を支払う旨の提案をし、町議会もこの程度ならばということでこれを可決し、同月三〇日、被告及び振興室長が三宅方に赴いて、森元勇議員立会の下に、三宅に対して本件見舞金二〇〇万円を支払い、同人からは今後本件整備工事施工に伴う「水仙」の水源及び営業飲料水供給等について異議を申し立てないなどの趣旨の誓約書を徴し、その際、小田組の社長も同席し、同人から三宅に対して額面五〇〇万円の小切手を手渡した。

以上のとおり認められる。

2  変更工事代金

原告は、請求原因3<1>のとおり、本件整備工事の変更工事代金(当初の請負契約代金との差額)六二六万一三〇円は「水仙」に対する損害賠償金の捻出のための水増し乃至架空の工事費として小田組に対して支払われたものと主張する。

しかし、前記1認定のように、本件整備工事は現に工事進行中に設計変更がなされ、変更後の図面にしたがって完成しており、水増し乃至架空の工事費が計上された形跡は認められない。

本件整備工事途中に「水仙」の水源枯渇問題が発生し、水源確保や補償等に関する折衝がなされていたことは前記1認定のとおりであるけれども、芳井町は平成五年一月下旬頃に右工事の設計変更に伴う工事価格を算出し、同年二月三日にこれを町議会に諮ったものであるのに対し、この頃、「水仙」の水源汚染の問題は三宅の要求する代替の水源が見つからなかったことから、宇戸川の水を利用するための浄化装置設置の提案があったことに伴い、芳井町から業者である中電工に対してその見積依頼をし、見積書の提出を待っている段階にあり、その費用等の具体的金額さえ明らかではなかった(中電工作成の一二五〇万円の見積書が出されたのは同年二月一二日であり、補償金として七〇〇万円の要求があったのは同年四月二〇日であった)ことなどに鑑みても、同年一、二月の時期にあらかじめ「水仙」に対する損害賠償金の捻出目的で設計変更による小田組に対する追加支払が計画されていたとは到底考えられない。

芳井町が変更工事施工後にいわば事後的に請負契約の変更について町議会の議決を求めた点については、変更の内容、規模、代金額やこの種請負契約に騎ける従来の慣例から見て、それ自体に格別不都合があったとは認められないところであり(仮に議会の議決が得られない場合には、被告においてその責任を負うべきではあるが)、また、当初の起工設計書における計算ミスの点については、芳井町側に不手際が存するものの、変更設計書により解消されているところであり、いずれも原告の主張とは別次元の問題であり、これらの点があるからといって、原告の主張を根拠付けるに足りるものともいえない。その他証拠関係に照らしても、原告の主張は憶測の域を出ないものというべきである。

3  見舞金

原告は、請求原因3<2>のとおり、本件見舞金二〇〇万円は本件整備工事現場からの土砂流出と「水仙」の水源の枯渇等との間に因果関係もなく、民法七一六条但し書等による法的根拠もなく、積算上の合理性もなく支払われたものであるから、違法な支出である旨主張するが、次に述べるとおり理由がない。

まず、因果関係の点については、前記1認定のように、大雨による本件整備工事現場からの流出土砂による泥流が「水仙」のすぐ上流に到達してまもなく井戸の汚染枯渇が発生し、芳井町職員もこれを現認していること、井戸の掘削業者である山陽ボーリング工業が井戸の枯渇の原因につき大雨による土砂の混入(粘土を含む)が井戸の目詰まりを起こした可能性を指摘していることなどからすると、工事現場からの土砂流出が「水仙」の井戸の汚染枯渇の原因となった可能性があるものといえ、芳井町側のその旨の判断に格別の不合理はない。

原告は、請求原因3<2>第二段のとおり、雨量、谷の岩盤、傾斜角度、井戸の深さ等から、工事現場からの土砂流出によって「水仙」の井戸が目詰まりを起こすような可能性はありえない旨主張するが、裏付けに乏しい。

芳井町は右因果関係の判定のため特段の科学的鑑定等の調査等をした形跡はないが、事案の内容からしてどこまで確実な鑑定や調査が可能か疑問の余地もあり、このような場合に科学的調査結果が出ない限り町当局としては町民の被害に対して一切の補償をしないといった姿勢が妥当かについても些か問題があることからすると、前記認定の経緯に鑑みれば、右科学的調査をしなかったことをもって直ちに不当とすることもできない、

次に、法的根拠の点については、〔証拠略〕によれば、芳井町と小田組との間の本件整備工事の請負契約書第二四条第一項には「工事の施行に伴い通常避けることができない騒音、振動、地盤沈下、地下水の断絶等の理由により第三者に損害を生じたときは、発注者がその損害を補償しなければならない、ただし、その損害のうち工事の施工につき請負者が善良な管理者の注意義務を怠ったことにより生じたものは、請負者がこれを負担する」、同第二項には「前項に定めるもののほか、工事の施工について第三者に損害を及ぼしたときは、請負者がその損害を賠償しなければならない。ただし、その損害のうち発注者の責に帰すべき理由により生じたものについては、発注者がこれを負担する」、同第三項には「前二項の場合その他工事の施工について第三者との間に紛争を生じた場合においては、発注者請負者協力してその処理解決に当たるものとする」旨の規定があることが認められるところ、本件整備工事の内容や設計変更の経緯からして、芳井町側が発注者として工事現場において種々の注文、指図をしていたものと容易に推認できることからすると、工事現場からの土砂流出という事態について、前記1認定のとおり、芳井町が第三者である三宅に対して責任の存在を前提に交渉し、最終的に小田組とともに三宅に金銭を支払って解決したことは、右契約条項あるいは民法七一六条に則った対応と認められ、違法とすべき事情は見あたらない。

なお、原告は、被告が三宅からの執拗な金員の要求に耐えられず、やみくもに二〇〇万円を公金から支払った旨主張するが、このような事実を認めるに足りる証拠はない。

また、積算上の合理性については、前記1認定の「水仙」の水質浄化設備の設置費一二五〇万円、バキュームカー購入に要する費用一二〇〇万円、「水仙」の休業の事実、三宅の金銭要求の最低額が七〇〇万円であったこと、小田組の負担額が五〇〇万円であったこと、紛争の早期解決の趣旨等を総合考慮すると、町議会の議決を得て本件見舞金二〇〇万円を支出したことは、いわゆる行政裁量の範囲内の行為と認めるのが相当であり、格別不合理とは認められない。

四 住民監査請求

請求原因4は当事者間に争いがない。

五 結論

以上によれば、原告の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 矢延正平 裁判官 白井俊美 藤原道子)

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